シディ・ブ・サイドがユネスコ世界遺産に登録|チュニジア10件目の世界遺産

2026年7月25日、チュニジアを代表する観光地シディ・ブ・サイドが、ユネスコの世界遺産に正式登録されました。
韓国・釜山で開催された第48回世界遺産委員会において、「シディ・ブ・サイド村(Village of Sidi Bou Saïd)」の登録が全会一致で決定。チュニジアの世界遺産は、これで10件となりました。
今回の登録は、近隣にある「カルタゴ遺跡」とは別の独立した世界遺産です。
青と白の街並みだけではない、シディ・ブ・サイドの価値
シディ・ブ・サイドといえば、白い壁、鮮やかな青い扉や窓、ブーゲンビリアに彩られた路地、地中海を望む美しい風景で知られています。
しかし、今回ユネスコが最も高く評価したのは、景観の美しさだけではありません。
村は、現在の地名の由来となったスーフィーの聖者シディ・ブ・サイドの廟を中心に形成されました。16世紀以降、チュニジアを治めた歴代王朝は、聖者が持つとされた「バラカ」と呼ばれる祝福や精神的権威を重視し、村と聖地を保護しました。
18世紀から20世紀にかけては、フサイン朝のベイやチュニスの有力者たちが別荘や邸宅を建設。宗教的な聖地であった村は、政治家や都市の上流階級が滞在する場所としても発展していきました。
スーフィー聖者の精神的権威、王朝の政治的な保護、アラブ・イスラムの都市構造、歴史的な邸宅が一つの村の中で結び付いていることが、シディ・ブ・サイドの大きな特徴です。
マグレブの「聖地の村」を伝える世界遺産
シディ・ブ・サイドは、ユネスコの登録基準(iii)に基づいて世界遺産に登録されました。
これは、ある文化的伝統や文明の存在を伝える、他に例の少ない証拠であることを示す基準です。
ユネスコは、シディ・ブ・サイドを、聖者の精神的権威と王朝の政治的権力が支え合って形成された「聖地の村」の優れた例と評価しました。このような村は、チュニジアを含むマグレブ地域の社会や政治の歴史を理解するうえで、重要な存在です。
村の宗教施設やスーフィーの伝統の一部が現在もその役割を保っていることも、シディ・ブ・サイドが観光用に再現された街ではなく、今も人々が暮らし、文化が受け継がれている場所であることを示しています。
1915年から守られてきた歴史的景観
シディ・ブ・サイドの街並みは、1915年に制定されたベイ政権時代の法令によって、早くから保護されてきました。
この規制により、歴史的な村の構造、建物の密度、外観の統一感などが比較的良好に残されてきました。今回登録された範囲には、1915年に定められた境界内の歴史的な村が含まれています。
白と青の建物だけでなく、細い路地、宗教施設を中心とした空間構成、伝統的な邸宅、丘と地中海がつくる景観全体が、世界遺産を構成する大切な要素です。
世界遺産登録後に求められる保全
世界遺産への登録は大きな観光上の追い風となりますが、ユネスコは村が抱える問題についても指摘しています。
特に重要なのが、丘や崖の地質的な不安定さと、地滑りの危険です。チュニジアには、地滑りに関する調査、亀裂や不安定な地点の地図作成、自然災害への対応計画を進めることが求められています。
また、すでに多くの観光客が訪れるシディ・ブ・サイドでは、過剰観光も大きな課題です。
観光客の集中による混雑、交通や駐車の問題、住宅の商業施設化、廃棄物、住民生活への影響などを抑えるため、村が受け入れられる観光客数の調査や、新しい観光管理計画の策定が必要とされています。
チュニジア政府は、こうした保全対策の進捗を2027年12月1日までにユネスコへ報告する予定です。
美しい景色の奥にある歴史を知る
シディ・ブ・サイドは、写真映えする青と白の村としてだけでも十分に魅力的です。しかし、その景観の奥には、スーフィー信仰、歴代王朝、チュニスの有力者たち、伝統建築、地中海文化が重なり合った長い歴史があります。
今回の世界遺産登録によって、シディ・ブ・サイドは「美しい観光地」から、マグレブの精神文化と社会の歴史を伝える世界的な文化遺産として、改めて評価されることになりました。
村を訪れる際には景色やカフェだけでなく、宗教施設を中心とした街の構造、歴史的な邸宅、青い装飾が施された扉や窓にも注目してみてください。
TRAVEL SUNでは、シディ・ブ・サイドとカルタゴ遺跡を組み合わせた観光など、ご希望に合わせたチュニジア旅行をご提案しています。
【出典・参考資料】
・UNESCO World Heritage Centre「Decision 48 COM 8B.15」
https://whc.unesco.org/document/226095
・UNESCO公式発表
https://x.com/UNESCO/status/2080934962132590769

